5月病脱出作戦

5月にはいりました。
5月病ということばがありますが、この4月に入学された皆さんは元気にやっておられますでしょうか?

5月病というのは、不安感が増しマイナスイメージの思考に捉われてしまい、勉強や仕事をやる気がなくなってしまう状態です。一時的なものである場合もありますが、医学的には適応障害とかうつ病といった歴とした病気の場合もあるそうです。そういう場合はちゃんとしたお医者さんにかからないといけません。

熱が出るわけでもなくどこかが腫れ上がるわけでもないので、自分ではなかなかわからないかもしれません。
自覚症状があるなら、また周りの人から心配されたらお医者さんに診てもらった方がいいでしょう。

医学的にはどの程度のものかわかりませんが、ネットで診断してくれるサイトがありましたのでご紹介しておきます。

http://features.career.jp.msn.com/gogatsu_test/default.htm

下は、ツィッターでのつぶやきを分析して診断してくれるそうです。

http://ymnn.rdy.jp/gogat

まぁこれらはお遊び程度に軽く思ってください。

五月病の原因は一言でいえば新しい環境になじめないということですが、学生の場合は今まで入験合格を目標に集中してきたのが終わってしまい、次の方向性が定まらないという場合もあるでしょう。また入試問題にたまたま得意なところが出てぎりぎり合格したものの、授業が始まってみるとレベルが高くでついていけなくて焦ってしまうということもあるかもしれません。今までの友達がいなくなって新しい友人ができないという人もいるかもしれません。5月病といっても、直接の原因は人様々です。

原因がいろいろなら対処法もいろいろで、こうすればOKという万能薬はありませんが、心理的なものですから、病気とまでは至らない程度のものであれば気の持ち方で治ってしまうはずです。

次の目標を定める

受験が終わったらおしまいではありません。入試合格はゴールではなくスタートです。一里塚のひとつにすぎないのです。次の一里塚を見据えましょう。最終ゴールは自分が棺桶にはいるときに「ああ、充実した一生だった、価値ある人生だった」と思えるかどうかなのです(ちょっと過激?)。

〇 自信をもとう

ラッキーパンチ一発でもなんでも合格したのはあなたの実力です。学校があなたの実力を認めたのですから、ちゃんと指導する義務があります。「勉強がわからない。俺はだめかもしれない。」ではなくて、「俺に解るようにちゃんと教えろ!」くらいに思っていればいいのです。でも先生もクラス全員に教えるのだから、一人ひとりの事情に合わせろというのはちょっとかわいそうです。その場合は個別指導の塾などを活用しましょう(ちょっと宣伝(^^;)

〇 みんな同じ

あなたは環境が変わって大変かもしれませんが、それはクラスのみんなも同じです。あなたが困っていることと同じ問題をかかえている人はたくさんいます。かまえる必要はありません、気軽に話しかけてみましょう。こうした仲間をつくれるというところが、学校のいいところです。クラスの仲間だけでなく、部活などにもはいりましょう。部活では先輩がいます。先輩はあなたの1年後、2年後のよい道しるべになってくれるでしょう。

〇 明るい未来を想像しよう

世の中には辛いこと、嫌なことがたくさんあります。それは誰にでもいえることです。
しかし辛いこと、嫌なことばかりでもありません。嬉しいこと、楽しいこともたくさんあるのです。
そしてそれは、今のあなたのがんばり次第なのです。

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ゲーム依存症

子供たちの間でゲームが流行っています。
小学生くらいから、中学、高校生、はては大学生や若いサラリーマンまで熱中している人が多いようです。

インターネットのブロードバンド接続や、スマートフォンが手軽で身近なものになり、オンラインゲームなどゲームのキャラクターを介して他の人と戦うといった以前にはなかった面白さが受けているのでしょう。

ゲームがすべて悪いとはいいませんが、度を過ぎると正常な生活ができなくなるだけでなく、成長期の子供の場合は精神の成長に悪影響を及ぼす危険があります。

ゲームの度がすぎると勉強はおろそかになるだけでなく、一日中ゲーム機やスマートフォンの画面にむかって、無言で指だけを動かしているというような状況になります。

ゲーム中に話しかけても返事もせず、食事の時間になってもダイニングに現れない。食べ終わるとすぐに部屋にこもってまた続きをはじめる。休みの日も外で遊ぶことはなく、一人で部屋にこもったまま。たまに友人が遊びにきても、みんな別々のゲーム機の画面とにらめっこして会話もほとんどしない。

成長期の多くの時間がこのような形で費やされて、正常な発育がなされるはずがありません。結果、人に対して自分の意見を言えない、人を思いやったり心の痛みを理解するといったことができない大人に成長します。一種の麻薬的な効果があるといってもいいのではないでしょうか。

ゲーム業界も利用者の増加をうけて、押しも押されもせぬ主要産業にまでなりました。ニンテンドーやセガ、コナミといった以前からある企業に加え、新興のゲーム企業が続々株式公開をおこなっています。電車の車内広告もゲーム広告を見ない日はなく、テレビや雑誌などでもゲーム、ゲームです。これで子供にゲームをするなというのは無理というものです。

しかし現状において、頭ごなしにゲームを禁止することは性急に過ぎます。かえって逆効果になることもあります。

親の強権を発動してゲームを強制的に止めさせようとする前に、なぜ子供がゲームに走るのか、その理由をよく考えてみましょう。ひょっとすると親にその原因があるのかもしれません。

・現実の壁に突き当たっている
・他に興味のもてることが見つからない
・友達みんながやっている

といったものが考えられますが、他にもあるかもしれません。そうした原因を取り除くことができれば、自然と正常な生活をするようになるでしょう。

現実の壁というのは、いろいろあると思います。学校の成績のことであったり、いじめの問題であったり、身体的なことであったりします。どんな問題であるにしても、そうした現実の壁を乗り越えられないから、仮想の世界に逃避してしまっている可能性があります。専門の先生のアドバイスを受けるなど個々の問題に応じた対処が必要です。

人はすべて生まれてきた時には何も知りません。ゼロの状態です。その後、親に育てられている間に、周りの人や事象を観察して、自分なりの世界観をつくっていきます。はじめは家族との会話であり、その後幼稚園や保育園の先生や友達とのコミニュケーション、家族旅行や社会見学、クラブでの対抗試合など、様々な場面でいろいろな情報に接し、その中で自分が大切に感じたことに興味を示すようになります。興味がもてることがないというのは、まだそうした出会いの機会にめぐり合わせていないということです。

めぐり合いが無いからといってゲ-ムの世界に浸ってしまうと、悪循環になってしまいます。できれば悪循環に陥る前に、めぐり合いを成し遂げてほしいものです。子供は親の背中を見て育つといいます。親が一生懸命やっていることは子供も「大切なことなんだなぁ」と思うものです。昔は、農業にしろ商店にしろ、町工場にしろ、職場が家庭のすぐそばにありました。子供は親の働く姿を間近で見ることができました。ところが今は鍵っ子ということばに象徴されるように、昼間の家には誰もいないことが多く、夜遅くお父さんが仕事に疲れて帰ってきても、子供に見えるのはビールを飲んでふんぞり返っているお父さんの姿だけです。これでは昼間お父さんが何に一生懸命やっているのか、どんな価値観を持っているのか子供には理解できません。

こうした問題をかかえた子供たちが多くなると、必然的に右に倣えになってしまいます。そしてそれがあたりまえになってしまいます。ですから自分の子供だけをなんとかしようと思ってもとても難しいのです。ですからこの問題には地域で、あるいは学校のクラスといった全体で取り組む必要があります。

その為には、仕事が忙しいからと、自治会の集会にも出て行かず、PTAの会合にも出席せず、近所に住んでいる人の顔も知らないという親自らの姿勢を改めねばなりません。

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今日は花まつり

今日4月8日は花まつり。
花まつりというにふさわしく、関東地方では桜も満開でお天気も晴天でした。
急性アルコール中毒で病院にかつご込まれた人の増加というのはいただけませんが、日本人ならこの時期お花見というのは定番です。
桜
しかし4月8日が、花まつり、お釈迦様の誕生日だと知っている人は少ないのが哀しいものです。
もちろん2千数百年以前の話ですから正確なものではないでしょが、日本人の8割以上が仏教徒だいということを考えると、2.5%しかいないキリスト教のクリスマスで盛大に盛り上がるのになぜお釈迦様の誕生日はお祝いしないの?と思ってしまいます。

もっともクリスマスと言っても教会に行くわけでもなく、イブの夜に遊び歩いてケーキを食べるくらいですから、宗教なんでどうでもいいのかもしれません。
それはそれでまた哀しいものがありますが、、、

仏教由来の日常用語というのが結構あります。
出家や後生、四苦八苦、縁起、方便、慈悲といったことばが仏教由来なのはなんとなくわかりますが、
利益、流通、変化、通達、融通、自由といったことばなども仏教由来のことばだそうです。
興味のある方は、「仏教 日常用語」などでGoogle先生に聞いてみてください。
(国語の教科書で勉強するより、こうした方向から調べていくと結構面白くて身に付きますよ)

これほどまで日常に浸透している概念の大元であるにもかかわらず、仏教というとお葬式のときの儀礼くらいの認識しかない人が多いのは驚くべきことです。

世界はグローバル化してきています。
日本の大学も入学時期を国際的なスタンダードである秋入学に変えようという動きもあります。

しかしグローバル化は画一化と同義ではありません。
世界の中に無数にある民族の文化、風習、伝統をお互いに尊重しあえることが大切なのです。
先進国の文化や風習を途上国に押し付けるのは高慢であり、欧米の植民地時代の考え方の遺物でしかありません。
日本人が世界に出て行って、相手の国や人達と垣根のないお付き合いしてもらうためには、その国や地方の伝統や文化を理解できなければなりません。
そのためにも自国の伝統や文化をはっきりと認識しておく必要があるのです。
自国の伝統や文化を大切にできない人は、他国の伝統や文化も大切にすることはできません。

どうも新しいもが良くて旧いものや良くないとか、欧米で評価されたものがいいものでローカルなものはダサイ、価値がないといった考え方をしている人が多いように思えるのは気のせいでしょうか。

教育の分野でも、もっと伝統的な行事や文化を教えるようにしてもいいのではないでしょうか。
昔は、どこの家庭にもおじいちゃんやおばあちゃんがいて、そうしたことを教えてくれました。
しかし核家族化のすすんだ現在、おじいちゃんおばあちゃんは田舎にいたり、最悪老人ホームにいたりして、
孫達と日常を一緒にすごす機会が少なくなっています。

子供たちはテレビやアニメ、コミックといった媒体からの情報を吸収して成長し、古くからの伝統文化が急速に失われつつあります。

おふくろの味がコンビ弁当の味、スーパーの惣菜売り場の味に変わってからだいぶ経ちますが、たまには満開の桜の下で毛せんを敷いてお年寄りの昔話を聞いてみてもいいのではないでしょうか。

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新学年がはじまります

4月1日、今日は日曜日ですが、新学年のはじまりです。
小学校については昨年から変わっていますが、今年度から中学校の学習指導要領が全面的に新しくなります。高等学校は平成25年4月からの改訂になります。

中学校では、主要5教科(国、数、理、社、英)と保険体育の授業時間数が増加します。
特に理数科と英語の時間数が大幅に増えます。数学で2割強、理科・英語で3割強の時間数が増加します。
内容的には、これまで中学校で習ったことが小学校で習うことになるので無くなるものもあり、逆に新しく追加されるものもありますが、移行措置として調整されるはずです。

しかし国語や数学(算数)、科学(理科)、社会といった学習対象は、何百年、何千年の知恵や知識の集積ですから、指導要領がどう変わろうと基本は同じで変わるものではありません。
今までの勉強が無駄になることはありませんから、過剰な心配をしないで冷静に対処しましょう。

主要科目の時間数が大幅に増えるにもかかわらず、全体の授業時間数の増加は週1時間程度に抑えられていますが、それは選択科目を設けることが困難になることを意味します。ある意味画一的な色彩が強くなることになります。しかし選択科目を設けることは認められていないわけではないので、学校の裁量で選択科目を設けた場合全体の授業時間数はその分増加することになります。

画一的といえば学校の授業では、クラスの平均的な学力に合わせて授業が行われますので、週1時間とはいえ授業時間の増加は遅れた人にとっては他の生徒に追い付くための自分だけの勉強の時間が減ることになります。逆に成績の優秀な生徒にとっては、高度な応用問題に取り組む時間が減ることになります。
貴重な時間を有効に活用することが、今まで以上に求められてくることになります。

また、留意しないといけない点としては、高校受験する中学生や、大学受験する高校生にとっては、出題傾向が多少変わってくる可能性があります。
どこまで学校で指導できるか疑問は残りますが、これまでの記憶力偏重教育への反省から、考える力、応用力、表現力といったものが重視されるようになることが期待されます。

大学センター試験のようなマークシート式のテストでは、そうした力を問うことは難しいかもしれませんが、各学校の実施する試験においてはそうした力を評価する工夫がなされるものと思われます。

そうした力を養うには、多肢選択式の問題集の量をこなすだけでは対応しきれませんので注意してください。
自分の答え、考え方、思考プロセスを人に伝え、もっと違った思考ができないか、問題の中に自分の気づかなかった情報が隠れていないかといったことを指摘してもらうといった学習が必要になってきます。

改訂の内容は文部科学省のホームページで公開されていますので、詳しく知りたい方は目をとおしておかれるとよいでしょう。

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世代間の絆

昨日テレビのニュースで、東京の平均世帯人数が1.99人と2人を割り込んだことが報道されていました。
独居老人の増加や若い世代の晩婚化、少子化といった社会現象が反映された結果です。

どうしてこのようなことになってしまったのでしょうか?

理由は一つではなく、いろいろあると思います。
女性の社会進出がすすみ、ある意味男性の収入に頼る必要がなくなったということもあるかもしれません。
戦前の全体主義への反動か、欧米的個人主義が判断や行動の規範として大きな比重を占めるようになり、国家、社会、村(地域)、家族といった集団としての観点からの価値判断が軽視されてきたともいえるでしょう。
年金制度の充実により、ぜいたくを言わなければ元気な間は年寄一人でも子供に頼らなくても生活できるという現実もあります。
より有利な職を求め地方から都会へ生産年齢層の人口がシフトしたため、その親世代との地理的距離が遠くなってしまったということも間接的に影響しているのではないでしょうか?

こうした様々な理由により、人の孤立化は進行しつつあります。
こうした人たちは、今は気楽でいいかもしれませんが、この先一生を一人暮らしで終えるのでしょうか?
好んでそうなったわけではないという方も多いとは思いますが、好ましい状況とは思えません。

子供の教育という視点から見れば、次世代を担う子供の絶対数が減少するという大きな問題もありますが、数少ない子供たちにとっても好ましい環境とはいえません。

子供は大人を見て学習します。
算数とか国語とかの教科の勉強ではなく、人としての生き方を学んでいきます。場合によっては反面教師ということもあるでしょうが、ほとんどの場合は世の中はこういうもんだと見倣っていきます。

昔は大家族で、家におじいちゃんやおばあちゃんがいて、昔からの習慣や伝統を教えてくれました。
農業や自営業のお宅では、子供が学校から帰ってくと、おとうさんとおかあさんが一緒に働いている姿を見ることができました。
大勢の兄弟や友達の中で、ときには喧嘩して、雨降って地固まるのごとく、連帯感が醸成されていきました。

個人の自由、プライバシー、経済性といったものも大切ですが、そればかりが強調されるあまり、失われたものは大きいような気がします。

狭くて高い住宅事情もあるかもしれません。
日本の一戸建て住宅の平均寿命は約30年だそうで、イギリスの75年はおろかアメリカの44年にも及びません。30年というと、だいた1世代の期間で、おじいちゃんからバトンを受け取って、子供に渡すまでの期間に相当します。
要は家も代々と引き継ぐものではなくなり、1世代で使い捨てにする時代になってしまったということです。

もう一度、おじいちゃん、おばあちゃんと孫が一緒に暮せる家を取り戻せないものでしょうか?

こうした現象は、昭和30年代の高度成長期頃から徐々にその下地がつくられてきたのですが、少子化問題しかり、年金問題しかり、草食系若者の増加しかり、一人暮らし老人問題しかり、それが今になって顕在化してきたといえるでしょう。

これから生まれてくる子供たちに私たちが何を残せるか?
30年後、50年後の未来を考えて行動することが求められています。

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オーダーメイド教育

3月8日、NHKの地球イチバンという番組でオランダの学校を紹介していました。
こどもにやさしい教育ということですが、ご覧になった方も多いと思います。
オランダでは宿題もなく、塾もなく、学校が楽しいと答えることもが世界一(9割)だそうです。

塾が必要ない、、、MyTeacher@HOMEも必要ない!?(汗;

日本にいると、日本の教育制度があたりまえと思って何も疑問を感じませんが、全く違った考え方もあるということを知ることは大切です。番組は日本の教育を違った視点から見ることで、もう一度考え直してみようという趣旨で制作されているようなので、良い面ばかり強調されているということもあるかもしれません。ですからそれだけですべてを判断することはできませんが、参考にすべきところはたくさんあります。

一言でいえばオーダーメイド教育だそうで、多様な子供の一人ひとりに合わせた教育をおこなうというものです。
ひとつの地域に小さな小学校がいくつも隣接して建てられており、自分の(親の?)判断で学校が選べるそうです。
クラスの全員に同じ授業をするのではなく、いくつかのメニューの中から子供が好きなカリキュラムを選ぶことができるそうです。

番組では、ただ単に自由にさせるだけでなく自らが選択したことに対しての責任を教えると言っていましたが、子供の主体性を尊重するという当塾の基本方針と共通する部分があります。
入学時期の年1度ではなく、子供の成長に合わせていつでもスタートできるようで、これも当塾との共通点です。
さらに、クラス一斉授業ではなく、学ぶ内容が一人ひとり異なるという点も共通しています。
学習は子供の主体性に任されるようですが、進度の遅い子には先生が付き添って指導していました。

それでもついていけない子には留年があるようです。
しかも、自ら望んで留年するという場合もあるそうで、日本の小学校では考えられないことです。
日本流に考えると「クラスのみんなが進級するのに留年させるのはかわいそう」という発想になりがちですが、それが必ずしも唯一の選択肢ではないということを示唆しています。

日本の教育を見直すという観点からひとつの提案ですが、たとえば国語はよくできるのに理科がイマイチという1年生の子がいたとして、国語は2年生に進級したけれども、理科はもう一年1年生というようなケースもあっていいのではないでしょうか。また算数がとびぬけて良くできる子は、半年で2年生に進級というケースもあっていいのではないでしょうか?

もしそうなれば、かなりの数の子がなんらかの留年経験をし、またかなりの子が早期進級をすることになります。
すると学年なんか、ある意味有名無実なものになり、国語の2年生の授業は、国語2年生・算数3年生・理科1年生といった子と国語2年生・算数1年生・理科2年生といった子がごちゃまぜになって受けるというようなことになります。3年生の授業の半分は本来2年生や4年生の子ということになれば、留年は当然の選択肢のひとつとなり、恥ずかしいなどということはなくなります。

「じゃあ卒業はいつにするの?」というような問題は生じてきますが、課題が明らかになればそれを解決する方法を議論することはできます。それくらいの改革は考えてもいいでしょう。
明治時代に当時のヨーロッパを倣って導入された学制も、お手本となったヨーロッバでオランダのような試みが行われているわけですから、そろそろ見直す時期にきているのではないでしょうか?

東京大学が、秋入学に切り替えると言って波紋を呼んでいます。
教育制度全体や社会制度の見直しも必要ではないかという記事を書きましたが、今またその想いを新にしました。

学習塾は、今の日本の学校制度においては必要悪なのかもしれません。
もし日本の学校制度がオランダのようになれば、当然のことながら当塾も企業としてその役割が変わってくるでしょう。

また番組では、早い段階から自分の将来についてビジョンについて考えさせ目的意識を持たせるようにしているといったことも言っていました。「将来どういう職業につきたいか、大学に入学してから考える。」という学生の多い国の教育者には耳の痛い話です。

私は、本当はオランダのような学校をやりたかったのかもしれません。
でも今の日本じゃできないですね。
だからMyTeacher@HOMEをやってます。発展的に廃業できるその日までがんばりたいと思います。

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学佑

無料教材をダウンロードできるサイトや、教育・学習関係のサイト情報があります。
当塾も無料教材を提供させていただいています。
ぜひ一度ご訪問ください。

学佑

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講義について

学校や塾、予備校などで講義を聴きます。
講義は、1年間でこれくらいのこをを学ばなければならないという内容から、1回の講義にどれくらいの内容を盛り込んで、どれくらいの回数やるという計画が決まります。

総時間が長くなれば受講生の負担になりますので、出来る限り簡潔になるようプランを練ることになります。学校などでは指導要綱により授業時間数が決められています。

詳しく説明をしようとすると、どうしても時間がかかる為、限られた時間では、講義に盛り込む内容を減らさなければなりません。

しかし学校の授業では、1年間に教えるべき内容が決められていますし、受験を目標にした勉強では、合格に必要な内容はカバーしておく必要があります。

すると、どうしても単位時間に盛り込む内容を増やして、説明を簡略化しなければならない部分が出てきます。

そうした理由により、ほとんどの講義は、ある一定の水準の仮想の生徒を想定して、その生徒に対して最適な講義となるように設計されます。40人のクラス、あるいは2人のクラスでも、クラスの全部の生徒に最適な授業をおこなうということは不可能なのです。最大多数の生徒に対して最適に近い授業になるようにするのがせいいっぱいです。

例えば高校数学Bで、空間における位置ベクトルというのを学習しますが、「これから空間における位置ベクトルの勉強をしますが、平面の場合とほぼかわらないので、平面の位置ベクトルを理解していれば難しくありません」というような出だしで始まります。

平面の位置ベクトルをちゃんと理解できていた人は、これ以降の講義を聴いてもついていけるでしょうが、できていなかった人はこの段階で、この講義の時間が無駄になってしまうかもしれません。なぜならこの講義は既に学習済みの平面の位置ベクトルを理解しているという前提ですすめられるからです。

本来、平面ベクトルの理解が不十分であれば、空間ベクトルの講義をストップして、もう一度平面ベクトルの指導をおこなうべきでしょう。しかし既に計画されたスケジュールで授業をすすめなければならないという制約があれば、それはできません。

とり残された生徒は、講義を聞いても何がなにやらさっぱり分からず、ここで落ちこぼれてしまいます。

MyTeacher@HOME では、こうした問題をどう解決するか考えました。そこで考えだされたのがハイブリッド学習システムです。

ハイブリッド学習システムは有名講師の講義を録画したビデオと個別指導の組み合わせで授業をすすめていくという方法です。

ビデオ講義というと、手抜きのように感じられる方もおられるかもしれませんが、そうではありません。納得いくまで同じ講義を何度でも繰り返し受けることができるというメリットがあります。生講義ではそうはいかないですね。先生に今日も昨日と同じ授業をもう一回やってくださいなんて言えません。また生講義では、どの単元は、何月何日の何時からと決まっているので、聞き逃すとブランクができて自習するしか手がなくなります。下手をすると風邪ひきで欠席したのがきっかけで落ちこぼれてしまうことも考えられます。ビデオですとそうした心配はありません。

ビデオだと質問ができないとか、先生が生徒が理解できているか確認できないというデメリットが心配されますが、実際の生講義でも質問できる機会はあまりありません。先生が授業中、生徒一人ひとりの理解度を把握できているかといえば、それも無理な注文です。そうした心配をなくすためには、講義とは別の仕組みが必要なのです。

講義自体はあくまで、事前に内容や説明の順序、言い回しなどを十分に検討し計画されたものであればいいのです。さらにビデオを用いることにより、講義の受講料が安くなるというおまけもつきます。

そしてビデオで受講するだけでなく、個別にその理解度を確認し「どこどこの理解が十分でないので、どういう勉強をしなさい」とか、「ここはクリアしてるから、より高度な問題に挑戦してみなさい」とかいった個別指導を組み合わせたのがハイブリッド学習システムです。

ですから非常に柔軟なカリキュラムを組むことができます。
学校の授業についていくのが難しい人から難関校を受験する人まで最適な授業を提供できます。
また、有名講師の授業を聴きに大手予備校に通っている人の個別指導のみでも対応可能です。

詳しくお知りになりたい方は、公式ホームページの「お問い合わせ・資料請求」よりお問い合わせください。

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マイティーチャー アット ホームのお知らせ

新聞の折り込に学習塾の折り込み広告などで体験入学などの案内が多くなってきました。
進学希望校別や成績別のコース制をとっている塾や予備校では、3月が新年度のはじめになるところがほとんどです。国公立や私立の二次募集などの受験も3月で終わる為、その準備である勉強はそれまでに一段落させておく必要があるからです。

個別指導でもマンツーマンの完全個別指導ではなく、少人数グループ制の場合は同じように年間カリキュラムがあらかじめ決まっている場合がありますので、この時期にスタートししないと勉強する内容に穴ができたりすることがあります。何人も一緒に教えているから、一人だけの都合でカリキュラムを変えることができないのはいたしかたありません。

「塾に行った方がいいかな」とか「どの塾がいいかな」と思案している方は、こうした無料体験や相談会にに行ってみるのもいいでしょう。有料の春季講習だけ申し込んでみるというのも一手です。そしてそこが自分(の子供)に合った塾や予備校であったなら、そのまま1年間、あるいは受験終了まで続ければいいのです。すべてとはいいませんが、多くの塾や予備校は、それなりに指導ノウハウも持っており、一生懸命指導してくれるはずです。

しかし十人十色で、中にはどうしてもなじめない、ついていけない、ただ通っているだけで成果が上がらないといった人も出てくることが事実です。

そういう場合は、MyTeacher@HOME にご相談ください。
MyTeacher@HOME には○○校受験コースとか、春季特別講座のような講座はありません。
なぜなら、一人ひとり異なったその人だけのカリキュラムを用意するからです。
ですから、3月スタートにもこだわりません。春休みに体験した塾が自分に合わないという方もお気軽にご相談ください。インターネットでの個別指導システム(テレビ電話と相互に書き込みのできるホワイトボードなどを組み合わせたもの)を使っての指導ですので、インターネットにつなががるパソコンがあれば、自宅でも受講でき、エリアは北海道から沖縄、海外までカバーします。

毎年受験シーズンにはインフルエンザが流行りますが、今年は大流行して多くの学校で学級閉鎖があったようです。皆さんのご家庭は大丈夫だったでしょうか?
特に受験生の場合は、せっかくこの1年間一生懸命勉強したのに、この時期に熱を出して受験できなければ、あるいは体調不良で実力が発揮できなかったら泣くに泣けません。
そういう点からも自宅でできるインターネット家庭教師はおすすめできます。

電話は、0120-182-509、“いっぱつごーかく”と憶えてください。
只今、問い合わせが多くなっており電話が繋がりにくくなっています。
メールからのお問い合わせもできますので、ご利用ください。

 

 

 

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ソニーの赤字と教育問題の関係

ソニーが2200億円もの赤字だそうです。
パナソニック、シャープ、マツダなども大幅な赤字で、日本の製造業はどこも元気がありません。

第二次世界大戦後は、戦火で荒廃したヨーロッパに代わってアメリカが製造業のリーダーになりました。
それに追いつけ追い越せと日本の団塊の世代をはじめとした戦中戦後派ががんばり、トヨタ自動車や本田技研、ソニーや松下電器、造船の三菱重工といった世界有数の優良企業が生まれました。

しかし時代は代わり、物づくりもさることながら、ソフトウェアやビジネスモデルといった知恵やノウハウを持った企業が産業の主導権を担うようになりました。

アメリカは、かつては世界一を誇ったUSスチールも、今なお生産台数でトヨタを凌ぐGMもかつての生彩はありません。今アメリカで元気なのは、GoogleやAmazon、Facebookといったソフト企業や、ハードウェア主体の企業ながら斬新なコンセプトの製品を打ち出すアップルといった企業群です。変化の激しい業界なのでいずれも今後このまま成長力を維持できるかどうか分かりませんが、もし仮にこの中の企業のいくつかが失速したとしてもそれに代わる新興企業が現れて新しいビジネス分野を切り開いていくことでしょう。
アメリカは製造業では日本に抜かれたといっていいでしょう。しかしそれに代わる産業を着実に育てているのです。

日本はアメリカに追いつき、ある部分では追い越しましたが、今また韓国やアジアの新興国に追い越されつつあります。日本でもグリーやディーエヌエーといったソフト系の会社が好成績をあげていますが、まだ世界レベルで通用するまでには至っていません。近い将来、日本が世界的に強いと言えるのはアニメとゲームの世界だけになってしまうかもしれません。

かつて世界一だった造船量は韓国にに抜かれ、やはりUSスチールを抜いて世界一になった新日鉄はヨーロッパのミタルはおろか韓国のポスコにも抜かれました。テレビも1位、2位は韓国のメーカーです。
すぐ後ろにはは中国や東南アジアの企業が迫っています。
輸出競争力に円高が不利に働いたのが主な要因だとされていますが、「だからしかたないね」ですまして良いものでしょうか?

凋落が顕著なのは業界をリードする大企業ですが、その企業から給与をもらっている従業員や、そうした企業や従業員の購買力を頼りに商売している中小企業や農林水産業者も、大企業ほど明確に数字が出ていないだけで、同じように影響を受けていることは言うまでもありません。

テレビや新聞などのマスコミでは、円高による危機感を煽ってはいますが、どうすればそれを克服できるかという知恵は出してくれません。消費税率アップや電気料金の値上げで一般消費者にしわ寄せが来るという話や、年金の負担が増えるとか貰える額が少なくなるといった、為政者の政策判断、政策実行力を問うものばかりです。リーダーが頼りないから自分たち一般人にしわ寄せが来るのだという論調が目立ちます。

かつての製造業大国アメリカがいままだ活力を失っていないのに、それに追いつき追い越した日本が先に活力を失ってしまう。これは単に国土の広さや天然資源の多少の問題だけではないと思います。
産業を担う一人ひとりの、向上心、やる気、目標設定、ハングリー精神といった内面的な違いの集積がその根本的な要因になっているような気がしてなりません。

こうした社会的な課題について我々は、将来の日本を担う子供達に何を教えているでしょうか?
マスコミにとってはお客さんである一般市民に受けのいい文章にしないと受け入れてもらえないという事情があるのでしょうが、そうしたお客様扱いをしなくてすむのがその運営費の大部分を公費で賄われる教育機関であるはずです。
学校も授業に学習塾の講師を招いて受験対策するなどといった学習塾の真似ごとばかりやっていないで、学習塾では難しいそうした人間教育にもっと真剣に取り組んで欲しいものです。

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